みっちー日記(Enjoy編)

楽しい人生の記録

「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」(門田隆将)の感想:日本人にとって必読書だと思う

3月に映画「FUKUSHIMA 50」を観た。

 

2011年3月に起きた東日本大震災の際、福島第一原発がかなりやばいことになったのは10年経った今でも記憶に残っている。しかし、そうはいっても、10年経つと、いろいろな出来事が記憶を塗り替えていくものだ。

 

そんなときに観た「FUKUSHIMA 50」は、あのときの記憶を強烈に思い出させてくれたものだった。

 

映画鑑賞後、ネットでいろんな情報を見ていたら、この映画の原作が「死の淵を見た男 吉田昌郎福島原発五〇〇日」であることを知った。

 

そこで、この本を読んでみようと思ったわけだ。

 

今回はその感想を書いていきたい。

 

 

作品情報

 

著者

門田隆将(かどたりゅうしょう)

1958年高知生まれ。

ジャーナリスト・ノンフィクション作家。

雑誌メディアを中心に、政治、経済、司法、事件、スポーツなどで活躍。

著書に、「なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日」「あの一瞬 アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか」など多数あり。

「この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中小根本博の奇跡」で、第19回山本七平賞を受賞。 

 

Twitter@KadotaRyusho

 

内容紹介

 

その時、日本は“三分割"されるところだった――。

「原子炉が最大の危機を迎えたあの時、私は自分と一緒に“死んでくれる"人間の顔を思い浮かべていました」。食道癌の手術を受け、その後、脳内出血で倒れることになる吉田昌郎福島第一原発所長(当時)は、事故から1年4か月を経て、ついに沈黙を破った。覚悟の証言をおこなった吉田前所長に続いて、現場の運転員たちは堰を切ったように真実を語り始めた。

2011年3月、暴走する原子炉。現場の人間はその時、「死の淵」に立った。それは同時に、故郷福島と日本という国の「死の淵」でもあった。このままでは故郷は壊滅し、日本は「三分割」される。

使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な闘いを展開した男たちは、なぜ電源が喪失した放射能汚染の暗闇の中へ突入しつづけることができたのか。

「死」を覚悟した極限の場面に表われる人間の弱さと強さ、復旧への現場の執念が呼び込む「奇跡」ともいえる幸運、首相官邸の驚くべき真実……。吉田昌郎菅直人、班目春樹、フクシマ・フィフティ、自衛隊、地元の人々など、90名以上が赤裸々に語った驚愕の真実とは。

Amazon「内容紹介」より引用

 

東日本大震災によって大津波が起きた。その津波福島原発の非常用電源までも奪ってしまった。このままでは原子炉を冷却することができない。

 

格納容器まで爆発し、放射能が飛散し、最悪の場合、日本の広範囲が住めない場所になってしまう。

 

そうなるのを防いだのが、福島原発の所長である吉田昌郎と職員のみなさんだった。

 

「死の淵を見た男 吉田昌郎福島第一原発の五〇〇日」はその時の様子をさまざまな人の証言をもとにまとめたドキュメンタリーである。

 

 

感想

 

著者の門田隆将さんは「おわりに」でこう書いている。

言うまでもなく、この「全電源喪失」「冷却不能」の事態に対処するためには、多額のコストが必要だ。

結局、日本では、行政も事業者も「安全」よりも「採算」を優先する道を選んだのである。 

 原子力安全を確保できるかどうかは、結局のところ”人”だと痛感している

 

福島第一原発の格納容器が冷却できなくなったのは津波による電源喪失だった。それは10m以上の津波が歴史上襲来したことがなく、この先も来ないだろうと過信していたことが原因である。

 

だから結局は、原発の安全は「人」によるのである。それを作者はあらためて読者に伝えたかったのだと思う。

 

そして、それさえなければ、ここに書かれた吉田所長をはじめとした原発で働く人の苦労などなかったのだ。私は、この本を読むまで、福島原発のなかでこんなことが行われていたということを知らなかった。

 

職員の人にとっては命がけの作業だ。まさにタイトルどおり「死の淵を見た」方々である。

 

大きな地震が起き、SBOとなる。そしてみんなが「SBO」を叫ぶ。SBOとは「全交流電源喪失」であり、「考えられうる最悪の事態」だ。

 

ここから吉田所長らの苦悩が続く。原子炉を冷やすために水を注入しなければいけない。格納容器を破壊させないために容器内の圧を逃す「ベント」をしなければいけない。

 

途中、建屋が爆発したりもした。テレビを見ているほうは「なにが起こったんだ?」とある意味他人事であったが、かれらはその現場にいたわけで、かなり命の危険を感じたはずだ。

 

みんな、いつ死ぬかわからない覚悟で原発を守ってくれたのだ。

 

2011年から10年が経ち、福島県民以外の人は、あの頃の記憶が薄らいできている。そんなときに、この本と出会ってよかったと思う。

 

あの頃何が起き、誰がどんなことをして防いでくれたのか。そして我々がこれからできることは何なのか。真剣に考えなければいけない。

 

地震津波などの自然災害が多い日本において、10年前の福島原発の事故は単なる災害ではなく人災でもあったということを知っておかねばなるまい。

 

自然をみくびり、人間の力を過信した我々は大いに反省しなければいけないのだ。

 

そういうことを「死の淵を見た男 吉田昌郎福島第一原発の五〇〇日」は教えてくれた。私は著者の門田隆将さんに感謝したい。

 

 

まとめ

 

福島原発の痛ましいできごとのことを日本人は語り継がねがいけないと思う。そういう意味で、この本はなるべく多くの人が読むべき本だと思う。

 

大勢の人を取材して、当時働いていた人の声がたくさん載せされているこの本は、読んだ人の心にインパクトを与えるのはまちがいない。