ずっと読まず嫌いだった作品を読み終えた。その名も「舟を編む」。映画化されたので知っている人も多い作品だろう。
もちろん私も知っていた。「舟を編む」も著者の「三浦しをん」さんのことも。しかし理由もなく読まずにいたのだ。
今思うと、なんてもったいないことをしていたんだろうという気分だ。こんなにおもしろいんだったら、もっと早く読んでおけばよかったのに。
「舟を編む」はそう思わせてくれた作品だ。今回は、その感想を書いていこうと思う。
作品情報
著者
三浦しをん(みうらしをん)
1976年東京生まれ
小説家・随筆家。
著書に「風が強く吹いている」・「仏果を得ず」・「光」など多数ある。
内容紹介
玄武書房に勤める馬締光也は営業部では変人として持て余されていたが、新しい辞書『大渡海』編纂メンバーとして辞書編集部に迎えられる。個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていく。しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのか──。
Amazonより引用
簡単に説明すると、玄武書房の馬締(まじめ)が荒木によって辞書編集部に引き抜かれ、「大渡海」という辞書を編集する話。
辞書は社内で経済的にもかなり負担のかかる部署で「金食い虫」と言われていた。辞書の編集には金もかかるが、多くの人材が必要だ。そのため多くの困難があった。
いろいろあるなか、馬締は「大渡海」を完成させるべく奮闘するのだ。
「舟を編む」の感想
この本に出会えてよかったなぁと思ったくらいおもしろかった。
設定が斬新
舞台が玄武書房の辞書編集部で、「大渡海」という辞書をつくりあげる設定。こんな設定でどんな物語が生み出されるんだろうと思った。
しかし、読み終わってからは見事としか言えないくらいすばらしい内容と感じた。こんなの天才じゃなきゃ思いつかないと思ったほどだ。
そして単に辞書づくりの大変さが書いてあるだけではない。そこに人間関係を絡めて恋愛の要素を取り入れるところもすごかった。
また、辞書をどうやってつくるのか、かなり細かいところまで書いてあったのが驚きだ。辞書に使う紙についてや、インク、それから内容まで何から何まで細かく描写されていた。作者はかなり綿密な取材をしたのだろう。
「ことば」についてあらためて考えさせられた
辞書づくりの話だけあって、ひとつのことばについての「こだわり」がたくさん出てくる。
たとえば「犬」という単語について
動物の犬は、人間にとって忠実なる相棒である。信頼のおける、賢く愛らしい友である。にもかかわらず、同じ「犬」という言葉が、卑怯な内通者や物事の無意味さを指しもするのは、不思議なことだ
と登場人物の心の声が出てくる。
「犬」はたしかにかわいい。しかし、例えば権力者のそばにいる人のことを「○○の犬め」と言ったりもして、なるほどなぁと考えさせられる。
主人公の馬締が、好きな人に誘われたとき、「天にものぼる気持ち」になるという場面があった。
そんなときでも「あがる」と「のぼる」のちがいを考えちゃったりしておもしろい。言葉を扱う職業なので、いちいち言葉の意味を考えてしまう癖が出てきてしまうのだ。
たしかに「天にものぼる気持ち」というが「天にもあがる気持ち」とは言わないからね。いちいちなるほどってなる。
あとは、辞書である「大渡海」の名についても感心させられた。
辞書は、言葉の海を渡る舟だ
ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっとふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう
海を渡るにふさわしい舟を編む
これが「大渡海」の由来だ。
辞書という舟、暗い海面に浮かびあがる小さな光、なんだかきれいな表現だ。タイトルの「舟を編む」がこういう意味だと知ってちょっと感動した。
章ごとに視点が変わるところがおもしろい
「舟を編む」は全5章からなる。
第1章:玄武書房の辞書編集部のベテラン荒木公平
第2章:荒木によって他部署から引き抜かれた馬締光也
第3章:辞書編集部で馬締の先輩の西岡正志
第4章:13年後、辞書編集部に配属された入社3年目の岸辺みどり
第5章:ふたたび馬締光也
第1章が荒木の視点だったので、次の章で突然馬締の視点に変わり最初はとまどった。
が、これはこれですごくおもしろかった。
西岡が馬締をどう見ているのかとか、馬締視点では見えなかったところが見えてくるし、岸辺視点から見た馬締の変人ぶりとか、けっこうおもしろかった。
そして、各人、それぞれドラマがあるのだ。それが仕事であったり恋愛であったり、辞書にかける情熱であったりと。
「舟を編む」を平凡な作品に終わらせなかったのは、こういう工夫もあったからかもしれない。
まとめ
「舟を編む」の感想をざっと書いてみたが、書きながら三浦しをんさんのすごさをあらためて感じてしまった。
この作品は、凡人には書けないシロモノだろう。
私は、この作品によって、あらためて読書の楽しみを知ってしまった次第である。