万葉集を愛するみっちーです。
万葉集の中でもとりわけ有名な、山上憶良の子どものことを詠んだ和歌。これは教科書にも採用されるほどです。
最近、思うところがあって、この和歌がなんとなく好きになってきました。今回のブログでは、山上憶良の「子等を思ふ歌」という長歌に添えられた反歌を取り上げてみようと思います。
作品と作者について
銀(しろかね)も 金(くがね)も玉も なにせむに まされる宝 子にしかめやも
「万葉集」巻五 803番歌
意味
銀や金や玉のような宝石だって、宝である子どもにどうして勝るだろうか。いやどんな宝だって子どもに勝るものはない。
作者について
作者は山上憶良。
奈良時代の歌人。同時代の歌人として大伴旅人(大伴家持の父)がいる。
歴史の教科書に掲載される「貧窮問答歌」で有名。国語の教科書には「銀も金も玉も・・・」歌がよく取り上げられる。
いずれにしても、最も知られる万葉歌人の一人。
「銀も金も玉もなにせむに・・・」を読んで思ったこと
私は結婚をしたこともなく、子どももいないので、この和歌の気持ちは死ぬまでわからないだろうと思っていました。
ただし、似たような気持ちになったことはありました。もともと私は、塾の先生をしていたので教え子がいたのです。
持てばわかるのですが、教え子というのは本当にかわいいもの。外でいろんな子どもが歩いていたとしても、教え子は特別です。
塾の先生をやめた今でも連絡をとっている教え子はいるのですが、やっぱり話していると楽しいものですね。教え子たちはすっかり大人になったというのに、やっぱり昔と同じ存在なのです。
とはいえ、どんなに教え子がかわいいと言っても、本当の親ではありません。親が子どもを愛する気持ちには到底敵わないと思います。
子どもを塾にやらせる親御さんたちは、本当に真剣でした。子どもの成績が上がらないことに対して、私は何度も親御さんたちに相談され、ときには怒鳴られたことだってありました。
塾の先生に対して怒りをぶつけるということが本来正しいことではないことくらい親御さんだってわかっていたはずです。でも、怒りをぶつけざるを得ないのです。その気持ちもわかりました。
そんな姿を見て、本物の愛情っていうのはこういうものなんだろうなぁと、よく思い知らされたものです。
子どもと接する仕事をしていて、逆に子どものいない私には、この歌の気持ちを本当の意味で理解できないと思っていました。
なのに、最近、この和歌をよく思い出します。
たぶん、母親が脳梗塞をわずらって、そのせいで軽い認知症になってしまった頃からでしょうか。
私にとって、母は恐怖の対象でした。いつも怒られてばかりだったし、ときにはほうきで叩かれたりもしていました。
でも、いまは、寝てるかテレビを見ているかのどちらか。昔の活気というか活力というか、なんといっていいかわからない気力が、まったく感じられません。
そんな母なんですが、私が帰省して実家に帰ると母はとても喜んでくれます。
私が顔を見せたとたんに、満面の笑みを浮かべて「元気だった!?」と声をかけてくれます。照れくさい話なのですが、そこには愛情たっぷりの母親の顔があるのです。
聞いた話によると、私が産まれる前に、母は何回か流産したとのこと。たくさん祈って、その祈りのなかで産まれたのが私だったということでした。
私は、母にとって宝物だったようです。
そんな母親の気持ちなど全く関知せず、私は親孝行のひとつもしてきませんでした。好き勝手生きて、いまだに親の面倒など見ていません。
全くの罰当たりの息子を、母親はいつも笑顔で迎えてくれます。
だから、私は母のことを思い出すたびに、
銀も 金も玉も なにせむに まされる宝 子にしかめやも
を思い出すわけです。
親にとって、子どもは本当に宝物なんですね。忘れないようにしなくては!
最後に
親が子どもに対して愛情を抱くのは、むかしも今も変わりません。普遍的なことであると言えるでしょう。
ますます万葉の歌人が好きになりました。
万葉集のことを知りたい方はこの本を手にとってみてはいかがでしょうか。