「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ:人の心の根源はさみしさである

俵万智さんの短歌で有名なのがある。

 

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

 

たしか学校の教科書にも乗っていたんじゃないかな!?

 

この短歌は俵万智さん初めて出版した歌集「サラダ記念日」の中に収められている。

 

1987年に初版が出たということなので、もうかれこ30年以上も前の作品だということだ。

 

俵万智さんは、私の高校の時の国語の先生と同級生だそうで、先生からこの歌集を紹介された。口語で書かれていたため内容がわかりやすく、当時ベストセラーになった記憶がある。

 

他にもたくさん好きな短歌があるが、一首だけご紹介。

万智ちゃんがほしいと言われ心だけついてきたい花いちもんめ

花いちもんめという遊び、むかしやった記憶がある人も多いと思う。

 

向こう側に好きな人がいて、あっちに行くわけにはいかないのだが、心はついて行きたいという乙女だね、これは。

 

まあ、こういう繊細な心を詠んだ歌がたくさんあるんだよね、「サラダ記念日」には。

 

ところで、話を戻すが、冒頭の短歌の意味はとても簡単で説明は不要だと思う。

 

季節は冬。

外か室内かはわからないけど、男女(たぶんカップル)がいる。

どちらかが「寒いね」と話しかけて

もうひとりが「寒いね」と答えている。

そういうのって温かいねっということである。

 

この場面をどのように想像するかは読者の自由。

 

公園のベンチかもしれないし、部屋の中でこたつに入ってるのかもしれない。

男女は夫婦かもしれないし、まだ付き合いはじめたカップルなのかもしれない。

 

たぶん、読む人それぞれの場面を想像するんだろうなぁ。

 

いろんな想像をさせる作品って心にとても響くよね。そういう意味でもこの短歌、私は好きだ。

 

短歌といえばかたっ苦しくて、難しいものと思っていたけど、俵さんのおかげで身近になった。

 

とはいえ、彼女のように口語で短歌を詠む人で有名な人は、まだいないような気がする。

(私が知らないだけかもしれないが)

 

ところで、なぜこの短歌が有名なのかというと、おそらく多くの人がこの短歌に共感できるからだろう。

 

例えばお部屋で

「寒いね」

と言ったら

「寒いね」

と返ってくる。

 

ごく当たり前の光景だ。

 

だけど、ひとりじゃないからこそ、こたえが返ってくるし、あたたかいわけである。

 

お部屋で一人

「寒いね」

と言ったところで、返事なんて誰も返さない。これは寒い。

 

一人でいること自体寒いのだ。

 

さて、わたし、一人暮らし歴何十年という寂しい男だ。ベテランの独身男なのである。

 

家に帰っても一人。

食事も一人。

寝るのも一人。

何をするのも一人だ。

 

この年齢になると、新しい友だちなんてできないし、いたとしてもみんな家族サービスやら仕事やらで全然時間も合わない。

 

だからプライベートもたいてい一人で行動する。

 

外食も一人。

買い物一人。

映画を観るのも一人。

ときには飲みに行くのも一人の時がある。

 

本当に寂しい男なのである。

 

だから人一倍温かさを求めてしまう。ぬくもりっていうんでしょうか、心の温かさを常に欲している。

 

家に帰ってきて

「今日は寒いねぇ」

って言ったら

「マジ寒いよね!」

なんて返ってきたら、それだけで心が温かくなるにちがいない。

 

それなのに、私にはそう言ってくれる人はいない。なんとも悲しい男だな。

 

ときに私は思うのだ。

 

人間の心の根源は、さみしさだ

 

と。

 

さみしいから人は人を求める。

人といると温かくなる。

そして、人がいないとさみしくてさみしくてたまらなくなる。

 

私にも、いつか「寒いね」と答えてくれる人が現れるのだろうか。

 

もうそんな自信がないのだよ…。

 

 

【付記】人間の心の根源がさみしさだと私が述べたブログが他にもあります

参考記事:「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」(若山牧水)の気持ちが少しわかった気がした

 

 

サラダ記念日 (河出文庫―BUNGEI Collection)

サラダ記念日 (河出文庫―BUNGEI Collection)

  • 作者:俵 万智
  • 発売日: 1989/10/01
  • メディア: 文庫