先日、芥川龍之介の「鼻」を読んでいたら、なぜか突然「ぞうさん」の歌を思い出した。「ぞうさん、ぞうさん・・・」で有名なあの歌を。
「鼻」といえば、長い鼻の持ち主の禅智内供の話だ。
内容はご存知のとおり、彼が劣等感を持っているその長い鼻を、ふつうの大きさの鼻にしてみたというものだ。
で、なにをどう連想したのか忘れてしまったのだが、突然、私は「ぞうさん」を思い出したわけだ。
まあ、長い鼻つながりってやつね!
ところで、「ぞうさん」を作詞したのは、今は亡きまど・みちおさん。
まだ存命のときに、まど・みちおさんのことをテレビ番組で見たことがあった。そのとき、すごい感性の持ち主だなぁという感想を抱いた記憶がある。
そこで、今回は、その「ぞうさん」について書いてみたいと思う。
まど・みちおさんと「ぞうさん」の歌詞
作詞者
まど・みちおさん
1990年生まれ、山口県出身
詩人
作詞家としても有名で「やぎさんゆうびん」・「ぞうさん」・「ふしぎなポケット」・「一年生になったら」などたくさんの童謡を作詞している。
「ぞうさん」の歌詞(一番のみ)
ぞうさんおはなが ながいのね
そうよ
かあさんも ながいのよ
まったくむずかしいところはない。
「ぞうさん!ぞうさん!」と、まわりのみんなが子ゾウに呼びかける。
そして、「お鼻が長いのね」と言う。
そうしたら、その子ゾウは「そうよ 母さんも長いのよ」と答えた。
一見すると、とても単純な歌で、単純であるがゆえに子どもの頃に夢中で歌えたのだと思う。
「ぞうさん」の解釈
解釈といっても特に難しいところはない。
ただ、この歌にどんな意味が込められているかということは知っておきたい。
まずは、まど・みちおさんがこの歌について語ったことを、ウィキペディアから引用する。
「鼻が長い」と言われれば からかわれたと思うのが普通ですが、子ゾウは「お母さんだってそうよ」「お母さん大好き」と言える。素晴らしい
この歌は、「ひとりだけ鼻が長いやつがいる」とからかわれた歌らしい。
「なんで君の鼻は長いんだ?ぼくらとはちがうじゃないか」という意味が「おはながながいのね」に込められているのだ。
ところが、子ゾウは堂々としていた。その問いかけに「そう 母さんも長いんだ」と答えたのだ。
ふつうだったら、ひとりだけみんなとちがうということを指摘されたら、怒ったりいじけたりしそうなものだ。
でも、子ゾウはごくふつうに「かあさんもながいのよ」と答えたわけだ。
ちなみに「ぞうさん」の2番はこう続く。
だあれが すきなの
あのね
かあさんが すきなのよ
子ゾウは母さんのことが大好きだ。こうやって堂々と言うくらいだから、とても好きなようだ。
だから、母さんのように長い鼻を持っている自分のことを誇りに思っているんだろう。
ぞうさんのように・・・
「ぞうさん」の歌には母親への思いが込められていた。この歌は、母に対する愛情の歌だったようである。
ところで、この歌を作詞したまど・みちおさんにはこのような著書がある。
以前、NHKスペシャルで まど・みちおさんのドキュメンタリー的な内容の番組をやっていた。この本は、そこから生まれたものだ。
その中に「お母さん」というタイトルのついたページがあって、「ぞうさん」の歌についてこんなふうに書かれている。
「世の中にこれほど鼻の長いものはいない。世界にたったひとりのお母さんと、ぼくだけが長いんだ」ということを、その子ども象自身が、それはそれは誇りをもって言うことができたと思うのであります。
自分にとって、お母さんは世界にたったひとり。
そのお母さんと自分は同じだということを誇りに思っている。
なんともすばらしい歌だ・・・
それに対して、自分はとんだ親不孝者だ。
子どもの頃の私は、母親のことが全く好きではなく、むしろ、うっとおしいと思っていた。
自分は仕事のあと飲みに行って夜おそくに帰ってくるくせに、たまに家にいると勉強していないことを責める母親のことが嫌いだった。
父親にはバットで、母親にはほうきで叩かれたこともある。
愛情の欠片もない母親だと思っていた。
しかし、いまふりかえってみると、ずいぶんあまやかされていたこともあったことに気づく。
たとえば、子どもというものはたいてい好ききらいを許されていないものだ。
ところが私は魚とか骨があってきらいなので一人だけ別メニューだった。
(今、思うとどんだけだよって感じだが・・・)
おこづかいも毎日もらっていた。
肩たたきをすると30分で100円ももらえた。
授業参観のときは学校で「としちゃん!(私のこと)」と恥ずかしげもなく大きな声で私を呼ぶ。
怒られることが多かったが、それ以外のときはやさしくされたと思う。
そして、現在、軽い認知症になってしまったが、それでも実家に帰るといつも笑顔で迎えてくれる。
実家を出て家に帰るときは、いつも玄関の外に出て、私の姿が見えなくなるまで見送ってくれる。
私の母親はこんなにやさしい母親なのだ。
どうして、こんなに年をとるまで気づかなかったのだろうか・・・。
あの歌の中に子ゾウのように、私はもっと母親のことを誇りに思うべきなのであった。
最後に
今からでもおそくない。
私はもっと母親を大事にしなくてはいけない。
母親を誇りに思いつづけようと思う。
そうでないと、私は後悔するだろう・・・。