むかし読んだことがあった「博士の愛した数式」。 何年前に読んだだろうか。
たぶん、発売してすぐに読んだから15年以上前だったと思う。だからおおまかな設定以外はさすがに忘れていた。
それをまた読もうと思ったのは、この物語が第1回本屋大賞の受賞作だからだ。
最近の私は、精力的に本屋大賞受賞作を読んでいる。「流浪の月」や「そして、バトンは渡された」、「鏡の孤城」など。この2,3年の作品はもちろんのことだが、「舟を編む」や「夜のピクニック」のようにちょっと古い作品にも手を出していた。
どうせなら本屋大賞受賞作は全部読もう!
そう思った次第だ。そこで第1回本屋大賞受賞作「博士の愛した数式」を読むことにしたのだ。
今回は、この本の感想を書いていこうと思う。
「博士の愛した数式」作品情報
著者
小川洋子(おがわようこ)
岡山県出身。
小説家。
1991年、「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞。
2004年、「博士の愛した数式」で読売文学賞および本屋大賞受賞。
2006年、「ミーナの行進」で谷崎潤一郎賞受賞。
2013年、「ことり」で芸術選奨文部大臣賞受賞。
芥川賞をはじめとした数々の文学賞の選考委員をかつて務めていた、あるいは現在も継続している。
あらすじ
「ぼくの記憶は80分しかもたない」博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた―記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。
「私」は家政婦。今度、新しい家で働くことになった。その家は何度も家政婦が交代してる。
そしてその家には博士がいた。博士は記憶が80分しか持たない。やはりふつうの家で仕事するのとは勝手がちがった。
ある日ひょんなことから「私」の息子も博士の家に来ることになった。博士は無類の子ども好きだ。
息子が博士の家に通うようになり、3人の温かい関係がずっと続くのであった。
「博士の愛した数式」感想
あまりない設定だが、心温まるストーリーだった!
80分しか記憶が維持できない設定
人間の記憶というものは、時間が経つと薄れていくもの。印象的なものは長い間覚えていて、そうでないものはすぐに忘れる。
なかには記憶力がすごい人もいて、一度見た人の名前と顔は忘れないという人がいたり、読んだ本の内容を克明に説明できるという人もいる。
記憶力に関してはみんな人それぞれだ。
しかし、いまだかつて、80分で記憶がなくしてしまう人には出会ったことがない。薄れるのでなく完全に忘れてしまうのだ。
「博士の愛した数式」はそんな記憶力の持ち主が主人公なのである。博士はかつて被害にあった事故のためにある時までの記憶はあるのだがらそれ以降の記憶は全くない。
覚えたことも80分で忘れてしまう。そのため記憶する脳の代わりにメモを自分の上着に貼りつけている。
家政婦の「私」は博士の家に行くたびに初対面となる。
博士は自分の記憶が80分しか持たないことすら忘れている。
ふつうの人ならこんなタイプの人間のお世話はなかなかできない。
だからこそいろんなドラマが生まれる。物語が思わぬ展開になり、おもしろくなるのだ。
博士と家政婦と息子のやりとり
記憶が80分しか持たない博士に、派遣された家政婦は次々にクビを宣告され交代することになる。
そして新たにやってきたのが「私」。彼女はシングルマザーの家政婦だ。
最初こそ慣れないことに戸惑うのだが、博士と接するうちに、博士が語る数字の魔力に興味を持ち始める。
さらにひょんなことから、息子を博士の家に連れていくことになるわけだが、博士は子どもがとても好きだ。だから、「私」の息子をものすごく可愛がった。
「博士の愛した数式」では、博士の子ども好きの度が過ぎていることがしばしば書かれている。そこもこの物語のおもしろいところかもしれない。
息子は「ルート」と呼ばれた。頭が「√」のように平らだからだ。
そして、この3人のやりとりがとても温かい。そこが、物語の着目点のひとつだろう。
随所に現れる数学の魅力
特徴的だったのが、数字にまつわる話が多かったことだ。
一次関数や二次関数、三角形の合同条件のような中学レベルの数学しかわからない私。本当の数学の魅力など知る由もない。
バリバリの文系だった私にとって数学の時間は退屈の象徴だった。
ところがどうだろう。「博士の愛した数式」では数学の魅力の一端を伝えてくれているではないか。
「素数」や「友愛数」、「0」という数字、日常会話でそんなものについて話すことはない。
この世で博士が最も愛したのは、素数だった。
そんな一文があるが、素数を愛した人など聞いたことがない。でもこの物語の世界観では、それもありだと思わされる。
でも、博士は本当に数学が好きで、数字の魅力、数学の魅力を楽しそうに語る。それを聞いていると数学が好きになりそうなる。
また、博士がルートに算数を教えてるところもおもしろい。とてもわかりやすく算数の問題解法を説明しながら、数字の魅力を語るのだ。
こんな先生に教わりたかったなぁとも思ってしまう。
「オイラーの定理」や「フェルマーの最終定理」など聞いたことはあったが全く興味がなかった。
しかし、この本で博士と出会って、もっと数学を学びたいと思ってしまった。「博士の愛した数式」は、それくらい数学の魅力を滲み出している作品だった。
最後に
久しぶりに「博士の愛した数式」を読んでみたが、やっぱりいいものはいい。とてもいい話だった。
ありふれたことばだが、「名作は色褪せない」、そのことばが似合う作品だと感じた。
この作品に出会えてよかったなぁと思う。