万葉集といえば、国語の授業で「日本最古の和歌集」と習うくらい有名な作品だ。
と言っても、日常で「万葉集」の話題になることは、ほとんどない。
知識として知ってはいるものの、中身を知る人は少ないのだろう。
ただし、小学生や中学生のときに教わったものもあるので、おぼえている人いるかもしれない。
たとえば、
近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ
【現代語訳】
近江の海(琵琶湖)の
夕波の上を飛ぶ千鳥よ、
おまえが鳴くと
心がしなえるように、
昔のことが思い出されるよ
とう和歌。
柿本人麻呂という人がつくった有名な作品だ。
夕方、少し波立つ琵琶湖の上を千鳥が鳴いている情景。
どことなく寂しさが感じられる。
人麻呂は、そんな風景を見ていると古に想いをはせている。
昔、近江には都があった。
人麻呂はその都のことが頭にあったのだろう。
しかし、万葉集を勉強し始めた頃、
正直言って、この歌たちのよさが全然わからなかった。
「琵琶湖で鳥が鳴いているからなんなの?」とか、
「昔のことを思い出してるんだなぁ・・・、ふーん」くらいだった。
もちろん今は思っていません(汗)
学生の頃、有名な和歌って、どこかとっつきにくいものだった。
たぶん、今の子どもも同じ気持ちだろう。
★★★
そんな若い未成熟な私が、出会ったのが次の和歌だ。
夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものそ
【現代語訳】
夏の野の 茂みに咲いている 姫百合が 誰にも知られないように、
誰にも知られない私の恋は、苦しいものだ。
ときは奈良時代。
その頃の夏の野は、きっと草ぼうぼう。
そんな草ぼうぼうの茂みに姫百合が咲いていたとする。
でも、草に隠れて誰にも知られることはない。
その姫百合のように、
私の恋も相手に知られていない。
こんな片思い、すごく苦しいものだ・・・
という解釈でよいだろう。
もう決まった人がいるのだろうか。
それで、まだ自分の気持ちを言い出せないでいるのだろうか。
自分の気持ちを伝えられず押し殺しているようで、とてもつらそうだ。
人に知られない恋の気持ちをえがいたこの和歌、
学生の頃、かなり共感してしまった。
この和歌を知ってから、私は万葉集を好きになった。
先にあげた柿本人麻呂和歌は、時代背景とその地域のことがわかれば解釈がしやすいです。
だが、時代は変わっているし、その場所も大きく変わっている。だからとっつきにくかったのかもしれない。
でも、恋で苦しむのは今も昔も同じ。
いま放送されている多くのドラマは恋愛ドラマだし、はやりの歌はラブソングが多い。
それくらい、今も昔も、人は恋に苦しんでいる。
若い頃の私も、恋というやつに苦しめられた。
だからこの和歌は私の中に入り込んできた。
この和歌を知って以来、私は万葉集の恋の歌ばかり探していた。
大学の卒論も大伴家持という男性とそのまわりにいた女性について書いたほどだ。
「夏の野の・・・」の和歌は、いまでも私のナンバーワンだ。
そして、私は今もなお、誰にも知られない恋をしている・・・というのは冗談だけど(笑)。
★★★
この和歌はそれほど有名ではない。
だから、このブログを見て初めて知った人もいるかもしれない。
もし、この和歌を読んで、共感できたら
もっと和歌の魅力を知ってもらいたい。
そして、私みたいに、相手に伝えられないひっそりとした恋をしたことがある人もいるだろう。
そんな人にはこの和歌を口ずさんでほしいと思う。